親日の国ベトナムを旅して

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タイ、カンボジア、インドネシア、そしてベトナムを旅してみると、まあ、だいたい似かよっている。
街中だけ見たらきっと区別がつくまい。

ベトナム社会主義共和国へは、ベトナム航空で行った、初めてベトナム航空を利用したのだが、ホーチミンまで約7時間のフライトで、パーソナルモニターがなかったのは甚だ退屈であった。
パーソナルモニターが付いている飛行機が無いわけではないが、たまたまない飛行機に乗ってしまったようだ。
私の場合、このようなことがよくある。
しかも混んでいたため、余計に気を紛らわさないといられず、帰りの便に期待したが、帰りの便もパーソナルモニターは残念ながら設置されていなかった。
機内食はまあまあであったが、エコノミーだったのでそもそも期待はしていなかった。

空港からタクシーを拾いホテルに行ったが、初めての国に行き空港からホテルまでの車窓を見るのは楽しい。
ホテルはまあ普通だったが、LG製のエアコンからは水がジャージャー垂れてくるわ、便所とシャワーが一緒になっているため、床はびしょ濡れになるわで大変だったが、ベッドはよかった。

しかし、社会主義国とは思えないほど活気に満ち溢れ、特にエネルギーを感じた。
本当は、ベトナム王朝であった阮朝(グエンチョウ)の古都、フエニに生きたかったのだが今回は見送り、また次回にすることに決めた。

ホーチミンは且つて、ベトナム戦争中は、ベトナム国(南ベトナム)の首都 サイゴンという名称だった・
ベトナム戦争では北ベトナムが勝利し、その共産党指導者であったホー・チ・ミンにちなみ、ホーチミン市に改名された。
統一会堂(旧 南ベトナム大統領府)は、館内に入って見学することが出来、戦争証跡博物館ではベトナム戦争の悲惨さを身もって知ることが出来る。
その他、諸々の戦跡があるが、兎に角元気な街だ。

いま、日本のODAにより地下鉄建設工事中だった。
バスも日本から贈られたものだったり、道路やビルも日本の企業が建設している。
そしてベトナムでは、日本の支援が国民一人一人にまで知れ渡っており、日本人は感謝されている。
どこかの国とは大違いだ。

旅では食が大きなウエイトを占める。
その国の、その街の空気、文化、風俗、人に触れ、そして何よりその土地の名物を食べること、これこそが旅の醍醐味だ。
マクドナルドや、ケンタッキー、ピザハットなどのチェーン展開している店ではない、地元のそこにしかない店で食べることに意義がある。
まあ、確かにチェーン店もそれぞれの国の特色があり、その国にしかないメニューがあるのも確かで、それを味わうのも悪くない。

実際、インドネシアのケンタッキーではチキンにライスという組み合わせがあった。
美味しかったがボリュームがいまいちだった。

ホーチミン最大の市場の食堂で食べた生春巻き、牛肉フォー、もう一品なんだったか忘れたが、量の多さと市場のおばちゃんのエネルギッシュさで本当に美味しかった。
衛生環境は良好とはいえないが、土地のものを食べるということはそういうことだろう。
しかし、あの味は忘れられない。

街中に溢れる活気、これから経済の発展が芽吹く間際の爆発寸前のような地響きのようなエネルギー、これから東南アジアを牽引していくのではないかという期待感を強く持った。
同じ社会主義国でもまた独特な発展を遂げている。

またゆっくりと行ってみたい国である。

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