パラオを旅して

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200以上の島からなる国で日本との時差はなく、人口2万人の国である。
公用語は英語とパラオ語。
正式名称はパラオ共和国。
アメリカ合衆国と自由連合盟約を締結しており、安全保障と外交上の権限の一部をアメリカ合衆国が保持している。
通貨はUSドル。
日本からの直行便はデルタ航空のみ。

パラオの国旗は日の丸に似たデザイン。中央のやや竿よりに黄色の円を配し、明るい青を背景色としている。
黄色(金黄色)の円は、パラオの美しい月を現している。
日本統治時代の日本に対する畏敬の念から日の丸を模倣したとの説もあるが、真実はそういうことでもないようだ。

スペインの植民地、ドイツの植民地時代を経て、日本の委任統治となる。
太平洋戦争終結後は国際連合の委託を受け、アメリカ合衆国の信託統治領となり、1990年代に独立した。

パラオに降り立ち、パラオの空気を嗅いだ。
胸いっぱいに吸い込んだパラオの空気は美味しかった。
空気の味はサイパンに似ていた。

青い空、青く美しい綺麗な海は、まるで奇跡である。
パラオ人の人間性は、どちらかというと社交的ではなく、ちょっと冷たいものを感じた。
レンタカーはボロボロで、首都を置くコロール島を一周している最中に空中分解するのではないかと冷や冷やしたことを思い出す。

日本統治時代のパラオに対し、日本政府は朝鮮や台湾同様に学校を作って教育を施し、道路を整備し、近代的な建築物を建て、農業を奨励し、多くの日本人が移住し、近代的な島へと支援を惜しまなかった。
今でも日本統治時代を知る方々は日本統治時代を懐かしみ、その時代がいかに良かったかを語っている。
今でも州によっては公用語が日本語であったり、日本語を話す方が多数おり、いろんなところで日本語が使われている。
パラオ人の名前も、ナカムラ、ホンダ、サトウなどと名乗っている方々も多い。
ちなみに、独立後の初代大統領はクニオ・ナカムラさんだ。

ツカレナオス=ビールを飲むこと、アタマグルグル=混乱している、コメン=ごめん、サルマタ=下着、チチバンド=ブラジャー、センキョ=選挙、ドーゾ=どうぞ、センプウキ=扇風機、サシミ=刺し身、ニツケ=煮付け等々。

人名では、フランシス・マツタロウ、エリザベス・トンカチ、アサヌマ・センキチ等その他多数の日本人名を姓や名に付けている方々が多い。

パラオは太平洋戦争末期、日本軍とアメリカ軍の激戦の地でもあった。
特にペリリュー島や付近の海には多数の戦跡が点在する。
司令部跡や通信施設、戦車や高射砲、トーチカ、墜落した戦闘機、沈没した輸送船など。
旧日本軍が建てた建造物は、いまだに民家で使用されているし、日本政府が建てた行政関連庁舎も今でも現役である。
そして神社もある。

主食はキャッサバ(デンプンはタピオカ)やタロイモである。
パラオに行くことがあったら、ぜひ食していただきたい。

親日なパラオなのに残念なことは、サイパン同様日系のホテルや日系の店舗が撤退し、朝鮮や支那系のホテルや店舗が急増していることである。

成田からパラオまでの所要時間は4時間45分。
ダイビングだけでなく、今ある平和の犠牲となった方々に掌を手向ける気持ちで島を回ってみることをおすすめする。

マルキョクのジャングルを切り開いた中に忽然と姿を見せる国会議事堂は美しい。
アメリカ合衆国ワシントンの国会議事堂を模したようにも見え、若干規模は小さいが堂々たるその姿は、国家としてのパラオ共和国を胸を張って示すものであり、そして国民全員の希望なのであろう。

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