13年も前になろうか、朝鮮民主主義人民共和国つまり北朝鮮を旅した。まだ先代の金正日さんが生きておられた時代である。
今でもそうだが、在日朝鮮人でもない一般の日本人が北朝鮮に入国することは可能なのかと訊ねられるが、実はそれなりの費用を支払えば簡単に入国することができるのだ。
私は、今はなき台東区にあった旅行会社にインターネットで申し込み、ビザを申請する必要があるが、すべて旅行会社がやってくれた。
この時は中国の瀋陽経由で北朝鮮の国営航空である高麗航空にて平壌に降り立った。金日成さんの肖像画が出迎えてくれる空港建物はテレビ等でみた通りだと感動した。
空港では二人のガイドが出迎えてくれ、ホテルに向かう途中、平壌市内で北朝鮮版すきやきというか鍋の夕食をとり、有名な羊角島(ヤンガクド)ホテルへ、平壌の街、大同河、主体思想塔など眼下に広がる高層ホテルだ。
今回は旅行記を書くことが主旨ではないので、書きたいことも沢山あるがそこはまたの機会にしたいと思う。
北朝鮮に関する日本での情報は、平壌市民は観光客のために演技をしている。川で釣りをしている人は針の付いていない糸を垂らしているだけ、楽しく談笑しているように見せかけている、カップルも演技、そこかしこで見かける踊りを踊る姿も、いかにも楽しそうに見せかけているだけ、何もかもがショーである。
また、全て厳しく党によって統制され、人民は疲弊しきっている。
暗くて軍国主義的な重々しい雰囲気であると、そんなふうに思わされ、実際そう思っているのではないだろうか。
私がこの目で見た限り、平壌の街を歩き、地下鉄にも乗り、韓国との国境の街である開城(ケソン)まで行ったが、市民はみんな朝、日本同様普通に出勤し、夕方帰宅、人々は明るく談笑し、恋の話や、男性同士では下ネタを話しながら大笑い、学校では日本の学校で見られる風景同様に生徒は先生をからかい、先生は冗談半分で叱る、そんなやり取りは決して演技などではなく、自由な普通の市民生活であった。
自由で闊達な生き生きとした市民たちがいた。この日本と何ら変わらぬ光景である。
板門店(パンムンジョム)には以前、韓国側から行ったことがあるが、北朝鮮側から行くという貴重な経験をさせてもらったが、韓国側から参加すると、有事の際の誓約書を書かされたり、難しい規則を叩き込まれて参加し、立哨してサングラスをかけているいかつい韓国側の兵士が不自然に感じ、妙に作られた物々しさを感じた。
では、北朝鮮側ではどうか、普通に観光用のワゴン車で板門店まで行き、途中で兵士を同乗させるのだが、この兵士たちは非常に気さくで、手を組んだり、抱き着いたり、帽子をかぶらせてもらったりと、ありとあらゆる要望に応えてくれた。
そして、その時北側の建物を案内してくれた将校(中佐)は、「私たちは日本と国交を樹立し、仲良くし、自由に行き来できるようになることを望んでいる。私が生きている間に叶えられれば良いのだが」と言っていた。
その目に嘘はなかったと私は信じているし、本音であると確信した。
ちなみに、韓国側で行われたレクチャーや誓約書の記入などは一切なく、終始まったく緊張感のないままに板門店見学は終了したのであった。

住んでいるわけではなく、ほんの数日しか目の当たりにしていないので何とも言えないところはあるが、少なくとも彼の国には国民がいて、家族、友人、親戚、職場、学校があり、そして我々と変わらぬ生活がそこにあるということだ。

この世に人類が存在する限り争いは絶対になくならない。
国家という単位がある限り、国同士の戦争は絶対になくならない。
ただ、少なくとも国家の指導者は国民を平和に導く義務がある。国家を武力で守ることは否定しない、それでも国民を平和に暮らせるようにする義務がある。
国家は民のため、国民のためにあるのだから。

争いは不可欠、でも平和は何よりも尊い、その矛盾は必然である。

最後に書き忘れていたが、北朝鮮の食である。
平壌名物、平壌冷麺(水冷麺)は最高だ、今のところ最初で最後の最上級の冷麺である。あんなに美味しい冷麺は食べたことがない。
日本の朝鮮料理屋、韓国の食堂、いたるところで食べてはみたが、当時平壌で食べた冷麺に勝る冷麺を食べたことがない。(アントニオ猪木氏はここの冷麺を30杯食べたとか)
開城で食べた開城名物飯床器(パンサンギ)と参鶏湯(サムゲタン)、あまりの大きさと美味しさに全て完食、最高この上ない。
これはもう実際に食べていただくしかないだろう。
平壌ダックの焼肉、水キムチ等々、同じ民族でも北と南では食文化も違う。
アメリカナイズされた南朝鮮料理に比べ、北朝鮮料理は朝鮮料理の原型を保っていると言えよう。
私の個人的見解であるが、北朝鮮の料理は辛味がほとんどなく(北朝鮮の人たちは辛いものに弱い)、本当に美味しい。
守ってもらいたいものが、そこにはあるのだ。

北朝鮮の街の夕暮れ時は街中に煮炊きする煙が漂い、薪で火を起こしている懐かしい匂いがした。
ひと昔前の懐かしい日本の風景ががそこにあった。