中国悠久の歴史

まだ北京の街中が自転車だらけだった頃の中国から、現在の自動車だらけの中国になるまでを実際に現地で、この目で見てきた。
近代化を推し進めた中国共産党に敬服するばかりである。

私はかつて中国専門の添乗員をやっていたことがある。
別に中国語が話せたわけではないが、なぜか中国にばかり行っていた記憶がある。
中国語と言えば、?好(ニーハオ)、謝謝(シエシエ)、不用(ブーヤオ)、再見(ツァイチェン)ぐらいしか話せない。
中国の観光地ではご当地名物などの売り込みが激しいのだが、そんな時は「不用!(ブーヤオ)」(いらない)が役に立つ。
添乗員になるには、旅程管理主任者という資格を取得する必要があり、この資格がないと添乗員として働くことはできない。
資格を取るためには研修を受講し、添乗実務を行って取得する。

添乗員の仕事は意外と大変で休む間もない。
空港で10人から100人のツアー旅行参加者に、飛行機搭乗までの案内を行い、乗り遅れのないよう飛行機に案内する。
飛行機に乗ってからも入国書類の書き方を教えたり、数々の質問を受ける。
この行為がまた他のお客や、客室乗務員の迷惑になるのだが。
現地に到着すると現地ガイドが同行して観光地をまわり、ホテルの宿泊手続きまで行ってくれる。
添乗員はホテルの説明から避難経路、朝食会場等の説明をする。
そして、その間に数々の諸問題を解決しなければならない。
ツアー参加者にとっては、スーパーマンのような存在である。
怪我をした、病気になった、お金を盗まれた、パスポートを紛失した等々、次から次と問題が舞い込んでくる。
それらをひとつずつ対応し、自分の食事を済ませた後、諸々の帳票や書類を作成し、お客さんに配る旅の記事を書く。
そんなことをしていると、あっという間に午前3時。
そして就寝。朝は6時~6時半に朝食会場に行く。
添乗員の仕事はハードなのだ。

きわめつけは、最後の最後に帰りの機内で行わなければならないアンケートだ。
参加した旅行全体もさることながら、添乗員も評価の対象とされ、このアンケートに戦々恐々とするわけである。
お客とフレンドリーな仲を構築でき、高評価を得られるだろうと期待していると、なぜか一番フレンドリーだったお客の評価は最低だったという理解に苦しむことが間々あるのだが、
まあ、それもご愛嬌といったところだろう。

添乗が多い人は、なかなか自宅に帰ることができず、公共料金の支払いが滞ってしまい、ライフラインが止められてしまっていることも間々あるとか。

どんな仕事も楽なものはないが、頻繁に旅行ができて楽しそうな仕事だと思われがちな添乗員は、拘束時間と重労働の割に賃金が安い大変な仕事なのである。

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