インドを旅して

インドでは、正に苦という文字が適当であると思ってしまうほど大変な旅だった。
飛行機はJALの直行便、デリーの空港は喧噪で凄かった、おまけに空港も古くて汚い。
何だか椅子も汚れていて座る気がしなかった。
やがて暫くすると依頼しておいた送迎のインド人、シンさんが来た。
彼は昔、猿岩石が旅をする番組で運転手をやっていたそうだ。

ホテルに向かう途中、乳粥のようなものを食べ、デリーの中心部に新しくできた、こじんまりとしたホテルに入った。
大きいホテルではないが警備員一名が常に1階の入口に立哨しており、セキュリティは万全だった。
部屋の中はとても綺麗で、テーブルにはフルーツの盛り合わせが置いてあった。

私が宿泊したホテルは、正にニューデリーの中心部であるConnaught Placeにあったのだが、そこでは未だに残るカースト制の断片を見ることになってしまった。
年老いた身なりの汚い老婆が、この中心部で物乞いを始めると、この地区の住人や商売人が現れ、ここから出て行けと殴る蹴るの暴行を働いていた。
それを止める者は誰もいない。
老婆はその後、ピクリとも動かなかった。
カーストの最下層の者は、むやみに立ち入ってはならない地域なのだそうだ。
日本では考えられないことである。

テレビはLG製のため、音量調節が非常に困難だったが、まあ、それなりに快適であった。
ただ、これも外国製のエアコンの難点なのだが、微妙な調節が出来ず、エアコンが効き過ぎ、温度を上げても変化はなく、よく見たらそれは中国製。
家電はやっぱり日本製に限る。
日本製は本当に素晴らしい。

翌朝、なぜか朝食で、絶対に今までやったことがない、生乳を飲んでしまった。
よりによってインドでだ。
事態は最悪な方向に進んだのであった。

私は下痢と腹痛に、残り3日間の滞在中来るしみ抜き、それでも折角来たのだからと市内観光は意地でも続けたが、腹痛も下痢も激しく、外では恥も外聞もなく現地の丸見え公衆便所を使い、部屋でもトイレとベッドの往復で、夜は一睡もできず、足にも力が入らず、目まいが襲い、歩行も困難になってしまった。
体は一気に痩せ細り、目の下にクマができ、脱水症状に陥り、最終日に薬屋に寄ってもらって一番強い胃腸薬を買ったが、これがまた全く効かなかった。

空港のトイレはなぜかインド人がたむろっていて、個室は全部埋まっているわ、しかも大便をしている訳ではなく、ほとんどは複数が個室の中で話をしているだけだわ、水をかけあっているわで酷いものであった。
飛行機の中でもインド人が通路に座り込み、賭けごとや雑談をしており、トイレに辿り着くまでもたないのではないかと冷や冷やしたことを思い出す。
流石にJALのCAさんも辟易としていた。

一応デリー周辺では行くべきところには全て行った。

インドの印象は、私の中では最悪となってしまった。
それでも、旅好きな私としては、機会があったらまた行ってみたいが、今度はネパールにも足を延ばしてみたいと思っている。

ちなみに、仏教はインドが発祥であるが、現在はインドから独立したネパール領となっている。
しかも、面白いことに、当のインドに仏教徒はほとんどいない。
どちらかというとヒンズー教徒が圧倒的多数である。
何だか複雑な気がする。

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