細川氏が建てた城、福岡の小倉城

小倉駅から近い距離にあり、行きやすい場所にある。
立派な石垣と濠、規模の大きさをうかがわせる造りになっています。
残念ながら、江戸時代から残る建造物はないようです。

中津街道、長崎街道が交わる要衝にある小倉城は、戦国時代末期に中国地方の有力大名であった毛利氏が築城したことに始まります。
その後、関ヶ原合戦の功労で慶長七年(1602年)細川忠興が入城し、約七年の歳月を費やして本格的な築城を行い、城下町を造り、商人や職人を集めて商工業保護政策を実施し、外国貿易、祇園祭も実施しました。
小倉城下は大いに繁栄したそうです。

細川氏が熊本に転封になると、播磨国明石から譜代大名の小笠原忠真が入城し、小笠原家は徳川幕府(三代将軍家光)から九州諸大名監視という特命を任ぜられていました。

天保八年(1837年)に城内から発した火災によって全焼。
2年後に再建されたのですが、天守閣は幕府の承認が下りなかったため再建されませんでした。

幕末頃、長州征伐の際には第一線の基地となりましたが、九州勢は奮わず、自ら火を放って後退。
明治期には大日本帝国陸軍 歩兵第12旅団や第12師団の司令部が置かれたようですが、大東亜戦争後で我国が敗れると、小倉城は米軍に接収されました。

昭和三十四年(1959年)、市民の熱望によって小倉城天守閣が再建されました。

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