悪い霊能者に気を付けよ

この世に霊能者であるとか、霊媒師、拝み屋と呼ばれる者たちがいるが、本当の力を持つ者は少ない。
大抵人間は誰しも同じような悩みをもっている。
または、悩みでなくとも自分と同じような問題を多かれ少なかれ抱えているのは誰とても同じこと。
だから一般的なことを言うと、まあ概ね当たっていると思う訳だ。

例えば、「ご家族を亡くされていますね」などと言えば、祖父母、総祖父母、父母など、まあ、ある一定の年齢の者に対して言えば合致するだろう。
または、「随分辛い思いをされてきましたね」と言えば、これも多かれ少なかれ人間誰しも辛い思いはしているものだ。
一般の方々は、それだけで「凄い、よく当たる、本物だ」などと褒めたたえ、強い霊能力を持っていると勘違いさせられ、熱狂的な信者になってしまうのである。

そうなると悪者にとってはこっちのものだ、このお札を貼っておくとよい、この置物を座敷の床の間に置いておくだけで金回りが良くなる、この数珠は祈祷済みで、身に着けておくだけで災厄から逃れられる等々、そしてそれは、破格の金額だが100万円だろうが1000万円だろうが支払いたくなってしまうだろう。

本当の力を持っている者は、物を売ることなどしない。
金を請求することなどしないのだ。
本物か偽物かを見分ける簡単な見分け方だ。

騙されぬよう、よくよく気を付けたい。
真の霊能者や宗教は見返りなど求めない。

第一、そもそも、人間の人生などは生まれる前から決められている。
それは、この世における修行のカリキュラムだからだ。
その人生において、霊能者などという者にとやかく言われたくない。
また、言わせてはならない。

この世は人間道場、魂の修行場だ、たまたま前世の記憶や、霊界の記憶を宿したまま生まれて来る者もいる。
そういう者が霊能者や占い師を名乗って世を乱す。
救世主のように言われるが、きっと霊界では厄介者であろう。
そりゃそうだ、平等な修行にならないのだから。

だが、一方で、霊界の神からの魂の落ちこぼれを防ぐための番人として送られてきている者もいることも確かである。
釈尊、モーゼ、キリスト、最澄、空海、法然、日蓮、親鸞、栄西、道元、隠元、中山ミキ、出口王仁三郎、牧口常三郎、慈雲などはそういう方々だろう。
宗教とは人間道場の規範である。
しかし、元は同じ神から説かれている教えであるにも関わらず、宗教同士の争いが起こるのはいただけないし、あってはならないことだろう。
すべての宗教の教えは全て元は同じなのだ。
そこは重要であり、忘れてはならない。

そして最後に、悪徳霊能者や悪徳商法で売りつける壺、仏像、絵画、掛軸、お札、御守など、そんなものはクソの役にも立たないどころか、ただの厄でしかない。
しかも、前述の通り、予め決められた、プログラムされている人生を如何に変えようというのか、そんなこと出来る筈がない。
騙されてはいけない。

御守や御札は気休めでしかない。
そう思って付き合っていくことが大事なのだ。

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