神と人をつなぐ者

古来より神降しや神懸り、降霊の依り台(よりだい)として巫女(みこ)なる存在があった。
その原型は古事記などに記されている天岩戸(あまのいわど)の前で舞ったといわれている天細女命(アメノウズメ)である。
特に女性には霊体質が備わっている者が多い。
よく知られていることとしては、青森の恐山にいるイタコであろう。

口うつしと言って、亡くなった方の霊がイタコ(盲目の女性霊媒者)の口を通して話をするというものである。

今では、上述のような巫女本来の能力に拠る力は、明治6年に施行された「巫女禁止令」によって減少し、神社に勤務しない巫女(地方によっては『ののう』という)は、多くが廃業した。
現在では神社に勤務し、神職の補助や神事における舞や神楽を奉仕することが主な仕事になってしまった。
沖縄にも「のろ」という存在があり、今でもシャーマニズムの一端を担っている。

古来、日本人は、このように神との関係は非常に密接であった。
人間は常に神と共にあったのだ。

卑弥呼なども巫女のようなシャーマニズム的な呪術師であったと言われているが、実際のところ定かではない。

歩き巫女なる存在もあり、全国各地を歩き祈祷、託宣等を行っていた。
特に信州上田藩禰津村(現 長野県東御市祢津)には、甲斐武田氏の『くのいち』として、諸国を歩き回り情報収集も行っていたとされる。
別名をノノウといい、禰津村西町を本拠として各地を回って毎年大晦日までに帰ってきた。
明治時代初期まで続いていたそうである。

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