戦後75年に想う

多くの犠牲の上に、今のこの平和が成り立っている。
誰が何と言おうと戦争は正当化されるべきことではないし、絶対に行ってはならないことである。
家族を失う辛さ、友人や恋人を失う辛さ、そんな辛さが日常のような戦時下に、政府は国民を晒してはならない。
そして実際に戦地で戦った人たちは口を揃えて戦争を否定している、これは確かだ。

そして先の大戦に於いては正に無益な戦いであったと言わざるを得ない。
アメリカに対しては和平若しくは戦争回避の道もあった筈ではなかったか。
冷静に考えれば、山本五十六閣下も仰っておられた通り、対米戦争は行うべきでなかった。
まんまとアメリカの罠に嵌ってしまったのだ。
負ける戦を敢えて行ったことは甚だ残念でならない。
終戦間近に行われた特別攻撃作戦、いわゆる特攻である。
喜んで特攻に行った者など誰もいない。

当時の状況的に「お国のために」と勇んで行ったかのように記録されているが、そう言わざるを得なかった時代だ。
いまに残されている特攻隊員たちの本音が記された手紙が残っている。
それが人間というものであろう。

敵艦に突っ込むその間際、「天皇陛下万歳!」と叫んだ者はほとんどいない。
大抵は「お母さん!」だったらしい。
皆、家族のために、家族を敵から守らねば、その気持ちだけだった。
国を守ることが家族を守り、郷土を守ることにつながる。
国を守るため、愛するものを守るため、つまり防衛のためには戦わねばならぬ時もある。
大切な人、故郷を守るため、武力には武力で対抗するしかないのだ。
戦いたくなくとも戦わねばならぬ時がある。

当時の軍部はやみくもに暴走し、畏れ多くも天皇陛下を危険に晒した。
このことには非常に怒りを覚える。
昭和天皇の平和ご愛好のご精神を踏みにじり、道具として使い捨て、GHQに対して全てを天皇陛下の所為にして命乞いをしようとする者まで現れた。
誠にまことに情けないことである。
酷い話だ。
陛下をお守りしなければならない立場でありながら、特に東條英機などは自殺未遂を図り逃げようとした罪は大きい。
私は彼らを絶対に許せない。

平和を維持するために他国と戦い、勝てるほどの武力がなければ平和など砂上の楼閣である。
国を防衛出来てこその国家と平和なのだ。
そのことと戦争はイコールではない。
平和を維持するため、国家国民を守るため武力が必要であることを理解しなければならないことも確かだ。

そして何より平和の象徴であり、我々国民のために毎日全身全霊でお祈り下さっている天皇陛下のご恩に報いなくてはならない。

戦争でお亡くなりになられたすべての方々英霊の御霊に対し、心より合掌を捧げるものである。

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