女性差別ではない、女性の真のありかた

現代社会において、この問題を論ずることは非常に難しいことであるが、敢えて記すことにする。
反論や不愉快に感ずる方もおられると思うが、感情の問題ではないので、感情で読まないで欲しい。

最近は役割と差別を混同している節がある。
以前にも似かよったことを記したことがあるが、男には男の、女には女の、それぞれに役割がある。
体の構造も違えば、生理的な部分も異なり、精神的にも違う生き物である。
男は外に出て働き、女は家内を守るのが役目なのだ。
外で危険を冒して狩をし、農作業を行い、時には海や川で漁をし、食料つまり今で言えば給料を稼ぐ。
女は子育てをし、炊事、洗濯などを行って主人がいない間、家を守る。
それが人間本来のあり方であり、秩序であった。

現代にいたっても、男には男のやるべき仕事、女には女のやるべき仕事というものがあり、それはお互いに尊重されるべきものであった。
それが今では男女同権、男女平等、ダイバーシティーなどという言葉を旗印に、男女のそれぞれの居場所が相互に入り乱れてしまった。
同時に男らしさ、女らしさというものが失われつつあり、全般的に中性的な生きものになってしまったのではないかと思ってしまう。
勘違い平等主義も甚だしい。

男は山に入ることが出来るが女は禁止、男は土俵に上がれるが女は土俵にあがることは禁止、寺社にも女性は立ち入り禁止等、女性は穢れた存在であるから神のご意志でそう決められていた。
その原則を覆して神仏の尊い聖なる法則を、人間社会の誤った流れにまかせ、男性の聖域に女性が土足で進出したことによって、この世の秩序が乱れてしまったと言える。

山も怒って余計に人を寄せ付けなくなるのも無理なからぬことである。
畏れ多いことであるが、皇位継承についてもそうだが、女系は女性天皇、女性宮家は認められない。
皇統は万世一系男系のみにて継承されるべきものなのである。
畏れ多くも皇位継承などという賢所の御事について語るのも不敬であるが、また別の機会に詳しく記したいと思う。

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