自殺者が後を絶たない悲しさ

昨年は、俳優の三浦春馬さん、女優の芦名星さんや竹内結子さんなど有名俳優の自殺が報道された。
自身の自殺する様を動画に撮ってSNSで配信するなどの悲しい映像も目にする。
自殺者に同情の目を向け、心を寄せる者が多いが、同情するべき行為なのか?
生前は素晴らしく良い人であったとしても、自ら命を絶つ行為は絶対に許されるべきことではない。
それ自体が悪なのだ。
どんな理由があるにせよだ!

生きるのが辛いから楽になりたいから、疲れたから自殺した?馬鹿もの!と言いたい。
死んで無になるのではない、肉体が死というものを迎え、機能不全になっただけのことだ。
本体である霊魂は生きている、自分そのものである霊魂は滅びない。
あなた自身は生き続けるのだ、楽になどなれるはずもない。
辛さからも、苦しみからも逃れることなど死んでも出来ない。
楽になるどころか死んだらもっともっと辛く苦しむことになる。

その時になって、こんなはずじゃなかったと思っても、どんなに悔やんでも元には戻れない。
自らの命を絶つことは何より罪が重い。
与えられた修行を投げ出して逃げるからである。

この人間界は辛くて苦しくて悲しくて大変で当たり前。
ここはそういう修行の場だからだ。
そういった思いを抱きながらも前を向いて、明るく元気に生き、天寿を全うすることが我々に課せられた義務なのであって、勝手に自分で寿命を決めてはならないのだ。
絶対に自殺をしてはならない。
絶対に!!

意図的に、自覚をもって自死をするという厄介な思考を持っているのは人間だけ。
何の解決にもならないのに自らの命を絶ちたがる。

さて、自殺を考えるようになったら旅に出よう。
国内でも海外でも、遠くても近くても良い、とにかく現状から離脱するのだ。
どうぜ死ぬと思えば、会社が忙しかろうが、受験のために学校を休むわけにいかなかろうが、そんなことは関係ないはずだ。
死ぬと思えば何でも出来る。

死ぬと思えば自由だ。
何ものも縛れない。

死ぬのなんていつでもできる、だからまずは旅をしよう、そして多くの人と触れ合い、美味しいものを沢山食べよう。
会社も学校も自分の命までは奪わないし、誰もあなたを食べやしない。
嫌ならやめればよい、嫌なことを続ける必要はない。

嫌なことをやり続けることで、ある人は褒めるかも知れない「よく頑張った」「努力した」と。
だが、心に残るのは苦痛と深い傷、子の傷は生涯癒えることはない。

自分がいなくたって誰も困らないし、会社も潰れない。
仕事も世の中も時間も淡々と過ぎて行く。

自殺したらその時は多くの人が悲しむかもしれない、だが、過行く時間と共に忘れ去られるのですよ。
「ああ、そういえば昔々にそういう奴がいたっけ、あいつも折角の人生を自ら断っちまうとはなぁ」と言われて終わりだ。
馬鹿なヤツだったなぁ、そんなもんだ。

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