いじめや殺人

前世の因縁が原因だという人がいる。
前世があるから現世があり、前世の因縁によって現世で縁が生じるのだという。

だとすると、いじめはなぜ起るのか、殺人事件はなぜ起こるのか、それはつまり、前世でも敵同士、憎しみ合っていた仲だったからだろうか。
多分前世でも、そのまた前世でも殺し殺され、いじめ、いじめられていたということだろう。
または、前世の前までお互い家族や親友であっても、突如として敵同士になってしまうことあり得た。
そう言ったことも影響し、腐れ縁の如く相互の縁は来世に影響しているということか。

切っても切れない縁によって生じる、必然の出来事なのだろう。

では、前世の縁を断つにはどうすればよいか、それは、感情に任せないことなのではないか。
凡そ人生とは予め決められているのだが、感情の選択という部分では、この人間界における試験の一環として個々の選択に委ねられる場面がある。
怒るか怒らぬか、殺すか殺さぬか、我慢するか我慢しないか、食べるか食べないか、飲むか飲まないか、言うか言わないか、その場その場で試される。
その判断によって悪因縁が生じるか、生じないかが決まるということが見えて来る。

その場の怒りの感情に任せて殺人を犯してしまったら、その悪因縁は、また同じシチュエーションで目の前で展開される。
どこかで悪因縁を断ち切らなければならない。

最近は宗教の力が弱まってきているのか、強力な電磁波で脳が異常を来しているのか、我慢することができず、感情のままに振舞う者が多いことはまことに嘆かわしいと思う今日この頃である。。

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