子供の頃の不思議な話(前編)

知人の実家の近くに剥製屋があった。
5階建のビル1棟がまるまる剥製屋だったから、相当数の剥製が展示されていた。

外から見えるB1Fは剥製をつくる部屋、血だらけの白衣を着た初老の男性がいつもいた。
1階と2階は売り場、というより、子供の私からすると展示室、本当に様々な種類の動物の剥製が展示されていた。
蛇や魚の剥製もあった。
3階、4階、5階は経営者の居住区域だったと思う。
真っ暗な3階には誰も行こうとしなかった。

さて、2階には店の人は大抵おらず、いつもシーンと静まりかえっていたのだが、唯一、生きているヤツがいた、いや、生きているとしか思えなかった。
それは一羽の雌のコンドルである。

娯楽の少ない田舎では、こんなところが格好の遊び場になる。
ここに来るたびに2階のコンドルの前に行くと、必ずスースーと呼吸音が聞こえた。
剥製が息などするはずがないと思い、近付いて聞いてみると、胸も呼吸に合わせて動き、呼気も顔に感じる。
怖くなって無言でその場から離れ、一緒に来た友達に「あのコンドル生きてるよ」と話しても誰も信じてくれない。
近くに連れてきて確認してもらっても自分以外の者がいる時は、確かに息をしていなかった。
そんな筈はないと、友達がその場を離れてから、また私が近付くと、やっぱりスースーと息をしている。
なぜか、もうそのことは誰にも言わなかった。

ある時、千葉県に住む従兄が来たときに、一緒にその剥製屋に行き、コンドルのいる場所に連れて行った、その日も確かにスースーと息をしていた。
すかさず従兄をコンドルの前に連れて行き、その時は従兄が目の前にいるのに息をしていたため、「息してるでしょ?」と訊ねてみた、その時その瞬間も息をしているのだが、従兄から返ってきた言葉は「剥製が息するわけないだろ!何も聞こえないよ」と笑ってその場を去って行った。
その場に取り残された私には、その後もずっとスースーと聞こえるのだ。

それからも何度か剥製屋に行っては、コンドルの息を確認した。
怖くて怖くてどうしようもないのに、引かれるように必ずコンドルの前に気付くと立っている。
本当に息をしていたことは、いまでもはっきりと覚えており、呼気が肌に触れる感触まで明確に覚えている。

小学校を卒業すると剥製屋にも行くことがなくなり、それでも心の片隅で、常に忘れることはなかった。
社会に出て暫くすると、剥製屋は店仕舞いをしていた、あのコンドルはどうなったのか、まだずっとそこにいて私を待っていたのだろうか?
あれから二度とコンドルに会うことはなかった。
あのコンドルは、私に何かを伝えたかったのか、無念の気持ちを分かって欲しかったのか。
でも、確かに私を見つめるその目は、いつも涙目で濡れていた気がするのだ。
今でもこうして時々思い出してしまう。

このことがあって以降、私はコンドルに対する親近感と共に、畏怖の念があり、神々しささえ感じてしまう特別な存在なのである。

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