空手道

空手道の発祥は中国である。中国の北部で発達した拳法は足技を多く使用する軽やかな拳法、そして南部で発達した拳法は足腰を鍛えた上半身を中心とした拳法が発達した。
ご存知の少林寺では、僧たちの健康増進と護身のために拳法の修行が取り入れられ、それが少林寺拳法として発達した。

中国との交易が盛んだった琉球(沖縄)に中国拳法が伝わり、それが独自に発達して『手(テー)』と呼ばれ、薩摩藩に侵攻され、琉球王国としての自治権を失い、しかも武器を持つことを禁止された琉球では、徒手空拳(としゅくうけん)としての手がますます発達した。
後に、唐から伝わった拳法という意味で『唐手(トゥーデー)』と言われるようになった。

主に中国の南部から伝わった拳法、南派拳と称し、琉球の那覇に伝わり、那覇手(ナハテ)として発達し、後に剛柔流(ごうじゅうりゅう)と呼ばれ、本土で発達した。
フルコンタクト空手と呼ばれている極真会館や極真会館から派生した大道塾、正道会館などは剛柔流の流れを汲んでいると言われている。

中国北部から伝わった拳法、北派拳は琉球の首里や泊に伝わり、王族や武士を中心として発達し、首里手(少林流)や泊手として発達し、松濤館流、糸東流、糸洲流と呼ばれて本土で発達した。

そもそも、本土に空手、当時は『琉球拳法唐手術(りゅうきゅうけんぽうからてじゅつ)』を伝えたのは、松濤館流流祖 船越義珍先生である。
体育として唐手を取り入れ、型を正式科目として採用された。

後に空手は、手に武器を持たずに戦う徒手空拳であること、そして般若心経の一節『色即是空 空即是空』から空の字を取り入れ、『空手』に改称したと言われている。

今日、オリンピック正式種目に加えられたが、そのせいでますます一撃必殺の牙を抜かれてしまったのである。
今や空手は武術ではなく、ただのスポーツ、競技、ダンスと化してしまった。

空手は本来、一撃必殺の徒手空拳である。
その一撃で相手を死に至らしめてしまうほど強力な武術なのだ。
それ故に、当時の沖縄の先生方は、空手を柔道のような競技化、つまり試合を行い、ルール化することで、空手本来の力を損なうであろうことを予測し、反対していた。
ちなみに、空手の道衣が柔道の道衣に似ているのは、空手が本土に渡り競技化した時に、空手にも道着が必要ということになり、手っ取り早く柔道の道着を代用したからなのだそうだ。
現在の空手道着は柔道着に比べて薄い生地で軽量化されている。

空手道の現在のありかたに、憂慮しているひとりなのである。

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