ニホンオオカミは生きている

日本列島にもオオカミがいた。
二ホンオオカミは本州、九州、四国に生息していたが北海道にはいなかった。
なぜか、北海道にはエゾオオカミがいたからだ。
エゾオオカミは、ニホンオオカミに比べて大きかったようだが、何れも「いた」という過去形だ。
だが、私は今でも日本のどこかに存在していると信じている。

現に最近も秩父の山中でオオカミらしきイヌ科の動物が発見されたと報告されているようである。
他の地域でも度々見かけたという話を聞く。
オオカミやクマ、マムシ、イノシシ等人間に危害を加える動物ではあるが、だからといっていなくなってしまうのは悲しいことだと思うのだ。
怖い反面、怖い獣いないというのも自然の摂理が保てないような、それが古来より人間を律していたのではないかという思いと、物足りなさを感じてしまう。
それに生態系が崩れ、自然のバランスが取れなくなってしまうし、既にその兆候が表れている。

オオカミが絶滅したと言われてから鹿や猪やカモシカの数が増え、またハクビシンやアライグマなどの外来種も増加し定着しつつある。
日本における生態系、捕食動物の頂点に君臨していた存在がいなくなってしまった訳だから、他の動物がどんどん増え、自由に好き勝手に振舞うようになる。
肉食獣に食われる動物は確かに可哀想だが、肉食獣も他の動物を食わないと生きていけないのだ。
そして肉食獣が他の動物を食べて一定の数を保ってくれないと、今度は田畑が荒らされ、今度は人間が生きていけなくなってしまうではないか。
クジラやイルカ、サメやアシカを人間が捕食することも同じであり、海の生態系を保っているわけである。
クジラやイルカやサメやシャチやアシカなどの哺乳類や魚類が増えすぎると魚が減る、魚が減るということは人間の食料がなくなるということだ。
そうやって自然界の均衡を保ってきたわけなのだが、愚かな環境保護団体の者たちが騒ぎ、その生態系を逆に乱し、自然環境はますます崩れているという現実がある。
浅はかな環境保護を標榜することは早期に止めねばならないし、それらの話に耳を傾け過ぎるのはよろしくない。

生態系は大事であり、狂わせてはいけないのだ。
クジラは人間が食べないと増えすぎ、プランクトンを食べ漁ってしまい、プランクトンを餌とする魚が生きて行かれなくなる。
そうすると今度は人間が魚を食べられなくなってしまう。
世の中はうまくできている、それが自然の摂理というものだ。
環境保護を標榜する無知な輩に耳を傾けるこれまた無知な者が多すぎる。
無知というものは怖い。

ニホンオオカミは前述の通り、本州、九州、四国に生息していたオオカミの亜種である。
20世紀の初めに絶滅したといわれている(定説では)。
大きさは日本犬の中型ぐらいで、夏と冬で毛色が変化した。
北海道のエゾオオカミは、ニホンオオカミとは別種であり、大陸のオオカミとも遺伝的に系統が異なるようだ。
さらに、ヤマイヌとオオカミは同種なのだそうだ。

ニホンオオカミは今でも日本のどこかに生きていると信じつつ、明るい発表がそのうち公にされることを念じてやまない。

奥多摩の武蔵御嶽神社、秩父の三峰神社では、オオカミ信仰が存在している。
犬神や大口の真神などとして各地の神社で祀られている。

タイトルとURLをコピーしました