江戸時代の風俗

今も昔も人間は、性とは切っても切れない関係である。
ヤルことをヤらねば、特に盛りの頃は身も心も崩壊してしまう。

軍隊だって規律を守らせるためには、性のはけ口を作っておかなければ乱れてしまう。
どこの国の軍隊にも慰安婦というか、売春婦はいたし、今でもいるのだが、そんなことは当たり前のことである。

江戸時代、江戸の街には幕府公認の吉原があり、武士や豪商、文化人が主に利用した。
つまり、幕府公認の遊郭、今で言う高級ソープランド(その昔はトルコ風呂といった)があった。
その他に品川、新橋、板橋、千住などの宿場町にあった岡場所、その他、江戸市中のいたる所に女郎屋が軒を連ね、陰間茶屋という男を売る店や、ヨタカという娼婦が夜の街を徘徊していた。
特に美少年を売る男娼の店、陰間茶屋は繁盛し、武士などには元々衆道という男性同士で肉体関係を結ぶという慣わしがあったため、武士が盛んに利用し、特に旗本に対しては幕府から利用を控えるようにとのお触れが出された程である。
昔の方がよっぽど性に対して大らかであったようだ。
しかし、そのかわり梅毒などの性病が流行ってしまうことも度々あったようだ。

また、江戸時代、動物の皮で出来たコンドーム(茎袋といった)のような避妊具、女性の膣に塗る薬、甲形(かぶとがた)と呼ばれる男根の形をしたはり形の避妊具、陰茎にはめて使う鎧形(よろいかた)等が存在し、江戸城大奥などでも奥女中の間で盛んに使われていたという。
その他に長命丸(ちょうめいがん)という精力剤(男根に塗る薬)、女性器に塗る女悦丸(媚薬)、また避妊具として魚の浮袋(ゴムっぽい)がしようされたという。
一般的には性交後、膣を洗い流すことが一般的だったそうだ。
さぞ中絶が多かったことだろう。

今でいう春画版というエロ本も売られており、若人の自慰(マスターベーション、オナニーのこと)の友になっていた。

今も昔も変わらぬが、江戸時代の方が盛んであり、多様性もあったようだ。
だから江戸の太平の世は守られたと言っても過言ではなかろう。

現代は妙に生というものに対して厳しくなってしまった。
考えてみれば、人間を含めて生物の根源は性ではないだろうか。
その一番大事なことを忘れているのではないか。

男性は陰茎の勃起から始まり、女性もクリトリスの勃起から始まる。
そして陰部が濡れてしまうのも男女共通。
男性は精通現象が始まり、女性は初潮がやって来る。
やっと子供を造れる体に成長するのだ。

その後はお互いに交わったり、自慰を行って心と体の均衡を保ったり、そうやって人間は成長し、社会を生き、老いていく。
生きる上で切っても切れないものなのである。

そういった意味でも性教育はしっかりと行う必要があり、それを子に教えるのは何を隠そう親でなければならない。
人任せではだめだ。

子供たちが初めて経験する精通や初潮、自慰行為、性交(セックス)そして妊娠から出産に関して予め知識を植え付けておくべきだ。
小学生低学年から始めても早過ぎるということはない。
特に現代は、子供の成長が著しいため丁度良いだろう。

実は、江戸時代以前は性教育をしっかり家庭や地域ぐるみで行っていた。
もっとも現代より結婚も早かったからということもあるが。
特に武家では、しっかりと教えていたし、殿様や将軍などは同性相手に実地訓練まで行われていた。

昔の方がよっぽど進んでいたと言えよう。

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