憲法改正について

今の日本国憲法は、明治時代に制定された大日本帝国憲法が廃止されて、GHQ(連合国軍総司令部)によってつくられた傀儡(かいらい)憲法である。
先の大戦に敗れて後、米国を中心とするGHQによってつくられた米国憲法なのだ。
日本国の憲法でありながら、日本国の本当の憲法ではない。

つまり、戦後日本を統治しやすいように、日本国を骨抜きにするためにつくられた一時的な憲法でしかなかった。
当時、憲法草案作成に携わったGHQの生き残りがこう言ったそうだ、「え!?まだ日本はあの憲法を使っているの?あれは米国が統治しやすいように作ったものだよ」と。
有識者の解釈によって自衛隊という武力は保持しているが、憲法第九条の本旨は、全ての武力を放棄するということに他ならない、自衛のための武力の保持も交戦も一切認めない、
そういう意味なのだそうである。

今の日本国憲法を70有余年、一度も変えずにいるなどというのはどうかしている。
他国が押し付けた憲法に甘んじ、平和憲法などと寝ぼけたことを言っている者達は本当に日本人なのだろうか?
日本で改憲が取り沙汰されると、なぜか中国と朝鮮半島は猛反対するのだとか、国内干渉も甚だしい。
中国や朝鮮半島の息のかかった国民や国会議員、政府の役人が大勢いるのだろうか。

何よりもまずは、憲法第九条を変えねばならない。
これは急務である。

武力がなければ攻め込まれ、祖国を失うことになる。
ウイグルやチベットそしてウクライナを見れば、武力が無いことの哀れさがわかる。

話し合いで解決できる。
武力を持たねば攻められることはない。
友好国が守ってくれるから、我が国の武力は不要だ。

そんなことを言っていた国はみな武力によって攻められ祖国を失った。

他国と対等に戦える、いや勝てるほどの武力は絶対に必要なのだ。
敵が銃口を向けてやってきて、引き金に指を置いている、敵はあとは引き金を引くだけだ、その刹那に話し合いはできるだろうか?
敵は殺しに来たのだ、その国を乗っ取ろうとしてきているのだ、その相手に対して話し合いの余地などあろうか。
ある筈もない。
引き金を引かれたらあっという間に終わりだ。

一方的に火力を以て攻めてきた相手に話し合いなど通じるだろうか?
殺戮しに来た者に話をする余裕などあるだろうか?
よく考えて欲しい。

攻めてこられる前に防がなければならない、それが防衛である。
場合によっては攻められる前に攻めなければならないこともあるだろう。
今の憲法ではそれもままならない。

憲法改正即ち戦争、或いは軍国主義、そんな発想は愚かである。
共産党や旧社会党の残党、日教組と愚かな国民による妄想である。

我々は早期に真の日本国憲法を制定しなければならない。
そして天皇陛下を象徴ではなく、国家元首と定めなければならない。

日本国には日本国の、まことの憲法が必要なのである。
我が国が中華人民共和国の属国にならないためにも。

これだけは言える。
アメリカは守ってはくれない。

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