労働環境の変化

今回のこの武漢肺炎の一件で、在宅勤務が一般化し、今後、新しい働き方になるだろうと言われている。
だが、それは在宅でも仕事が出来る人たちのことであって、勤務先に行かないと仕事が出来ない人たちの方が圧倒的多数なのではないだろうか。
しかし、ここで気を許してはいけないと思う。
いま、この状況だから大抵のことは在宅で許されているというところがある。

相互に取引先も在宅勤務を行っているために、多目に見ているからこそできる、いまだけのことなのではないか。
こんな状態が、つまり在宅勤務が日常化するような仕事様式がいつまでも続かないと思うし、このままこんな馬鹿々々しいことが続いたら、この国の経済は絶対に傾くと思う。
在宅勤務で会社がまわっている?本当にそうだろうか?
出社して仕事を継続している人たちがいるから回っているのではないか?
現実をしっかり見なくてはならない。
マスコミや識者と言われる者たちの言っていることを鵜呑みにしてはならない。

職場に一堂に会して仕事を行う所以は、一体何か、企業体としてそこに志を同じくして集まる戦闘集団であり、目標やお客のために邁進し、社会的責任を果たすためではなかったか。
在宅勤務をしていると孤独になり、社会に取り残された気分になり、会社の一員であることすら忘れそうになってしまう。
そんなとき、会社の経営陣が実施するWeb MeetingやWeb Town Hallに参加し、そこでハッと気付かされると同時に、同じ会社の一員として心が鼓舞されるのではないだろうか。
要するにその集団心理ともいえる気持ちの持続が企業の発展に寄与するものであると信じている。

在宅勤務を否定している訳ではない、BCP(事業継続)上必要なことも勿論ある。
ただ、日常化、恒常化することとは意味が違う。

アホな外資の、馬鹿な米国人役員の腰巾着的な、イエスマン日本人会社員は、この有様を今後も働き方改革として継続しようとしている。
米国人に言われるがままに。
それは違う!となぜ言えぬのか。
未だに日本はアメリカの占領下にあるのか。
情けない。

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